「良かった!生きているのね。ケガはない?あなたの名前は?」
燃え盛る研究所にやってきたその女性は初めて見る人だった。
興奮したように矢継ぎ早に質問を浴びせるその人を、レニは新しいテストだろうかと思ってぼんやりと見つめた。
「ひょっとして口がきけないの?」
心配そうにのぞき込むのでレニは首を振ると「健康状態に問題はない」そう短く答えた。
「あぁ 良かった。元気なのね。でも時間がないわ早くここから出ないと」
彼女はそう言うとレニの手を引いて行こうとしたがレニは動かなかった。
「どうしたの?」
「何も命令を受けていない」
そう言ったレニにその人は悲しそうに瞳をくもらせると一瞬毅然とした表情を作って言った。
「ここから出ます。これは命令です」
「了解」
短く答えたレニを抱えるようにして走り出すと二人は崩れ落ちる建物から外へと逃げ出した
「ごめんなさい、この子しか助けられなかった」
ごうごうと燃える研究所にその人はうなだれる様につぶやいた。
そうしてからあらためてレニへと向き直ると、ひざをついてレニに話しかけた。
「私の名前はかえで、藤枝かえでよ、あなたの名前を教えてくれる?」
「No・・・」
言いかけたレニの言葉をかえでは遮った。
「まって、それは名前ではないのよ、他に呼ばれたことはないかしら?」
レニは少し考えてみた、いつも呼ばれていた数字が名前ではないのなら、何が名前だというのだろう。
「・・・レニ・・・」
あの男が時々自分を呼んだ言葉を口にしてみると、かえでの顔がいっぺんに輝いた。
「レニ!そうレニって言うのね、ステキな名前だわ」

ステキな名前か・・・あの時はかえでさんにそう言われても何も感じなかった。
あの男はどうしてボクにあんな事を言ったのだろう、罪の意識を感じていたというのだろうか?
それが最後にあの言葉を言わせたのだろうか、今となってはたしかめるすべもないが・・・・・
『幸せに・・・生きて幸せに・・・・・』
ボクは今生きている。あの炎の中からかえでさんが助けてくれて、ボクは生きてここにいる。
幸せかと問われればあの時の事を考えれば幸せだと言えるだろうけど・・・・・
幸せを感じるレベルが上がってきている気がする、そしてそれは大神の存在が大きいかもしれない。 帝劇で花組のみんなの中にいて、ボクは幸せだと思える。ただその一方で大神が巴里へ行ってしまって
その幸せが半分になってしまった様に感じているのもたしかだ。
そういう意味ではあの男の言った、幸せになるという言葉を達成したという事にはならなにかもしれない。
レニはそこまで考えて軽く頭を振った。あの男の言葉はなんの拘束力もないし、約束でもない。
・・・・・ボクは幸せになりたいのだろうか?
・・・・・それには隊長が必要なのだろうか?
・・・・・もし隊長がいなかったら?
・・・・・いなかったら・・?
もしも大神一郎に会えなくなったら、隊長が手の届かない人になってしまったら・・・
心臓が見えない大きな手にわしづかみにされたような痛みがレニの胸に広がった。
息が上手くできずにのどがしめつけられる様だった、どうにか大きく息をして呼吸を整える。
「ボクは・・・ボクは・・・もうあの時のままのボクじゃない」
名前を教えてくれたあの男の言葉が背中を押してくれた気がした。
レニは立ち上がるとかえでの部屋へ向かった。
「かえでさん。話があるんだ」

大神のサポートの為に花組メンバーが順次巴里へ行くという案が、正式に承認されるのはそれからしばらくしてからだった。