『イヴの奇跡』


綺麗に空が晴れ渡り、近年稀に見る暖かなクリスマスイヴ
毎年立っていた『奇跡の鐘』の舞台の上に僕はいない。
では、どこにいるのかというと・・・



「レニ!お腹の具合はどうだい?」
隊長がバタバタと騒がしく部屋に駆け込んできた。

「う〜ん、まだかな。夜になるかも。ね。」
お腹をさすり、会話をするように語りかけていた。


僕は今、劇場の近くの産婦人科に入院している。
そう、赤ちゃんを授かったのだ。

「それにしても、予定日は先週だったのなぁ。」
「しょうがないよ。初産は予定日を遅れることが多いって先生も言ってたし。」
「あ!もうすぐ、舞台のリハがあるから戻らないと!」
「気を付けてね、隊長。舞台の成功を祈ってる。」
「ありがとう。終わったらすぐに来るから!!」
「うん。待ってる。」

隊長は来た時よりも騒がしく、また劇場へと戻って行った。 

正直、自分が舞台に出られないのは、さびしい。
隊長の役に立ちたいって気持ちは昔も今も変わっていない。
でも、お腹が大きくなるにつれ、隊長の子を授かった喜びや幸せが、
身をもって実感できるのがとても嬉しかった。



陣痛が始まったのが、夕暮れ時。
ちょうど、舞台の本番が始まった頃だった。
今まで感じたことのない痛みが下腹部を襲う。
付き添いの看護婦さんが背中をさすってくれ、
励ましの言葉をかけてくれていた。
陣痛の感覚が5分おきになった頃、分娩室へと向かった。
陣痛による腹部の痛み、言い知れない不安と恐怖、隊長がそばにいない寂しさ。
すべてが相まって、今にも泣き出しそうだった。
そんなときだった。

「ご主人より、さっき渡すように頼まれたんです。自分のいない時は持たせて欲しいと。」
看護婦が握らせたもの。
それは、隊長がいつも身に付けていた、緑色のネクタイだった。

それを持った瞬間。不安や恐怖、寂しさは消えたが、逆に涙が溢れてしまった。
ああ、姿は見えずとも、いつも僕のそばにいようとしてくれている。
そんな隊長の子を産もうというのだ、泣いてなどいられない。
勇気を、希望を、何より、愛を受け取った気がした。



産声を聞いた時、一度止めた涙は決壊したダムのように溢れ出し、
開放感と安堵感が広がっていった。
そして、生まれた子を抱かせてもらった時は、なんとも言えない幸福感が
全身を包み込み、『生まれてきてくれてありがとう』と心の底から感謝した。


病室へ移動し、横で眠る我が子の頭をなでてあやしていると、
遠くから、いつものバタバタした足音が聞こえてきた。
「レニ!生まれたって!?」
「しーっっ!!」
騒がしく聞いてくる隊長の言葉を間髪入れずに窘める。
「さっき眠ったとこなんだ。騒いだら起きちゃうよ。」
「ご、ごめん・・・。」
二人してクスッと笑いあい、わが子を改めて見た。
「レニ、本当によくがんばったな。おめでとう。」
「ううん。一人じゃなかったから大丈夫だったよ。
これがあったからがんばれたんだよ。」
そう、この緑のネクタイに何度励まされただろう。
「隊長、こっち向いて。」
手際よく、首にネクタイを巻いてあげた。
「うん。やっぱり、このネクタイは隊長が絞めているのが一番似合うね!」
笑顔で肩をポンと叩く。
「そばにいてあげられなくてごめんな。」
「大丈夫。最高のプレゼントだったよ!」
「来年のクリスマスイヴは今までの倍お祝いしなきゃね!」
「そうだね!今から楽しみだよ!」



「そういえば、この子の名前は決まった?」
「もちろん!名前は・・・」