『Kreuz des Suedens.』

今夜「も」見回り当番、花組の皆は新春公演に向けて稽古の毎日で疲れ きって熟睡している頃だ。
少しでも皆に負担をかけたくないからと、稽古中、公演中の見回りは自分がすると言い出したのだが、
やれ”隊長に任せるなんて不安”だの”寝姿を覗かれる”だの散々の言われようだった。
皆に信用されてるんだかされてないんだか、、、、支配人になって結構 経つのに、、、
でも結局こうして任せてくれたって事は信用はあるんだな。という事で自分を慰めてみたり。。。

なんだか少し情けない気持ちになりながら、施錠を確認していく。玄 関、天窓、食堂の窓1つ1つ、、ok。
支配人室を過ぎ、廊下に出た。中庭に繋がるドアの鍵が開いている。
ふと中庭をみるとベンチの所に誰かいるのがうっすらとした月明かりで 確認できた。
大方の予想を元に歩み寄ってみる。

「あ、隊長?」
気配に気がついたブルーの瞳が月明かりと共に自分を捕らえている。
今回人の倍は立ち回りのある役で一日中舞台の上を駆け回っていたの に、疲れていないのだろうか?
いや、レニの事だから行動と休養の割合は考えているうえでの夜更かし なのだろう。敢えて咎め無い事にした。
「今夜は星が綺麗だね」
「うん、でも本当は月明かりが無いと6等星くらいまで見えるの に」
少し不満そうな顔がやたらと可愛く見えてしまう。そのままベンチの隣に腰掛ける。

冬の星星は地上の塵や水蒸気の屈折が少ないせいで、どの季節よりも間 近に光を感じられる。
これはレニからの受け売りの知識だけど。
だから寒いのを承知でこの頃よく中庭で星を見ているのだという。

「あれがシリウス、惑星を除いて天上で最も明るい星、-1.5等 星、大犬座の口の部分。」
「犬かあ、今のフントみたいだね」
「そうだね」クスッとレニが笑う。
今フントの特に口の周りは地肌も見えんばかり薄く刈られている。
フントが毛むくじゃらで見栄えが悪すぎる!とカンナが嫌がるフントを どうにか押さえ込んで
刈ってしまったのだ。どうやら犬に冬毛があるのを知らなかったらしい。
冬毛に生え変わっただけだとのさくらからの指摘に沖縄にはそんな犬居 ないけどなあ〜と苦笑いして、
皆で稽古の休憩時間に大笑いしてしまった。
そんな話をレニは嬉しそうに話してくれる。
数年前帝劇に来た時はこんなに表情豊かに話をするようになるとは想像もつかないほどの出会いだった。

「ボク、青白いけど冷たすぎないシリウスの光って好きなんだ。
そうだ、シリウスは中国では天狼って呼ばれてるんだよ、天の狼、、、隊長、、だね」
そう言うとレニは顔を赤らめベンチの上で膝を丸めて俯いてしまた。
冷静に立ち居振舞う事もあれば、こういう可愛い一面もある。
帝劇に来てから共に過ごして行く中で、いろんなレニを見る事ができ た。
元々感性が豊かな方なのだろう、でなければ舞台の上でいろんな役はこ なせない。
これからも俺の知らないレニが現れてくるのだろうか?
まだ膝を抱えたままのレニの睫が星達の瞬きと同期しているのを不思議 に思って見ていた。

「隊長は南十字見た事ある?」
「南十字星かい?海洋実習の時、南海洋に行った時みたなぁ。南半球で は方角を知る時に使うからね。」
「綺麗だった?」
「そうだね、天の川の中の天上に架けられた十字架、、、なぜか神々しい感じがしたよ。」
「そう、ボク見た事がないから。。。一生で一度でいいから、見たいんだ。」
レニは抱えていた膝を解き、再びシリウスの輝きに瞳を合わせた。

「見に行こう。レニ」
「えっ?だって日本じゃ十字の一部しか見られないし、南半球に行かないと見れないよ?」
「だから見れる所に行くのさ。いつか南半球まで見に行こう、約束する。」
「ほんとう?」
「ああ、必ず。約束だ。」
「、、、、ありがとう、隊長。でもいつ行けるの?」
「うーん、、、、うーん今は公演があるしなー、新春が終わったら夏公 演の準備も始まるし、、
帝都の警備網の管理もしなきゃならないし、十字星見れるまでっていったら船で半月はかかるし〜、
そんなに空けれないかあ、、、うーんっ」
「うははは、隊長。それじゃボク達おじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうよ」
「それでも俺はいいと思うんだけど。長くかかるかも知れないけど、それまで一緒に居てくれるかな?」
「、、、、、、、、、、うん。じゃ、、、気長に待ってるよ。」

再び照れた表情になったレニだったが、ゆっくりと俺の方を向いて微笑んだ。
それに合わせるようにレニを側に抱き寄せていた。

夜も更けて二人のはく息が白い、レニの温もりだけが愛おしく思える。
上弦の月が姿を消し、闇が深さを増した頃、
レニの瞳の中にはシリウスの光が宿っていた。