―愛のまなざしあふれる夜に―



『失礼します、両手をこう、はい。結構です。ウエストを・・・・肩幅は・・・・』
「あ、あの、すみれ、これはいったい」
突然神崎家に呼び出されたレニは、いきなり複数の人に取り囲まれ、あちこちのサイズを測られ始めた。
なんだか殺気すら感じる空気が流れ、レニも抵抗できずにされるがままになっていた。
「おとなしくしていたほうがよろしいですわ。10日でなんて言ったものですから、みんななりふりかまわずですわ」
「いったい何なの?」
「中尉との結婚が決まったそうですわね」
レニの質問には答えずにすみれはそうたずねた。
「えっ? う、うん」
戸惑いながらもレニがうなづくとすみれはうれしそうに笑うと、テーブルの上の紅茶を一口飲んだ。
「少し早いですけど、私からのお祝いですわ」
「お祝いって―」
『すみません、少し動かずにお顔をこちらに・・』レニの言葉を遮るように顔をぐいと向けられてしまった。
「10日したらまたいらして下さいな。中尉には言ってありますから」
「すみれ、これってひょっとして・・」
レニがひとつの推測を口にしようとしたが、すみれは軽く首を振って人差し指を口の前に立ててほほえんだ。
「口にしてはいけません。レニの思っていることがたとえその通りだとしても、知らないふりでいて10日後に驚いてくださいまし、
その方が私もうれしゅうございますわ。」
すみれの言葉にレニは「そうゆうものなの?」と聞いた。
「そうゆうものですわ。結婚したらますます知らないふり、気付かないふりをするのがよろしいのです。」
納得できない、と言いたげな顔のレニにすみれは「いずれわかりますわ。」そう言って紅茶を飲みほした。
10日後に再び神崎邸を訪れたレニの前には予想した通りの、いやそれ以上の美しいものが用意されていた。
「うわっ きれい・・・・・」
おもわず口に出してしまったほどそれは美しいウエディングドレスだった。
見事な細工がほどこされたティアラ、それに続く3mはあろうかという長く羽のようなベール。
デザインはシンプルだが一目で上質だとわかるすそに少し長めのドレープのつけられたシルクのドレス。
「すみれ― これ―」
すみれはレニのうれしそうな顔に満足げにうなづくと、パッとせんすを広げて高らかに笑った。
「お〜っほっほっほっほっ、この神崎すみれの名にかけて最高の物をご用意いたしましたわ。これを着て結婚式に出てくださいますわね、レニ」
すみれの言葉にレニは少し頬を染めて何度もうなづいた。
「うん、うん、もちろんだよ、ありがとう」
レニの言葉にすみれは心底うれしいという笑顔を作った。
「あら、あら レニにそんなに素直なお礼を言われるなんて、本当に中尉はあなたを変えておしまいになったのですわね」
「ボクが変わったのはみんなのおかげだよ、花組や風組、月組、帝都の人たち、それから、それから・・・・・」
レニの目に涙があふれてきて言葉が続かない。
すみれはそっとレニを抱きしめた。
「まだ泣くのは早くてよ、結婚式はもう少し先ですわ」
「う、うん・・・・・ありがとう すみれ」


「だからだめだよ、イブの公演はみんなが待ってくれているんだから」
「いや、それはわかってる、でも今年は特別だろ、みんなわかってくれるさ」
「だめ!! 舞台をやらないなら、結婚式もやらない」
「そ、そんな、それとこれとは関係ないだろう、なぁ レニ」
「なんだ、なんだぁ、お二人さんもう夫婦喧嘩かぁ」
大神とレニがサロンで何事かもめている所へカンナが顔をだす。
カンナの声に二人が揃って顔を真っ赤にして振り向く。
「カ、カンナ・・・」「いいっ! 夫婦ってまだおれたちは」
「あっはっはっはっ 息がぴったりだなぁ」
からからと笑うカンナに二人は顔を見合わせ、レニははずかしそうにうつむき、大神は頭をぽりぽりとかくとカンナにイスをすすめた。
「で?何もめてたんだ?」
大神とレニは一瞬言いよどんだが、すぐに大神が口を開いた。
「実は結婚式をレニの誕生日でもある24日のイブにするつもりなんだけど、それで今年のクリスマス公演は日程を変更するか
休止にしようってレニに言ったんだけど・・・・・」
「レニにあっさり断られたってわけだ」
カンナはそう言うとレニを見てニッと笑った。
「だっ、だってそうでしょ、個人的な事情で公演を取りやめるなんて、出来るわけないよ、イブにやらないのもおかしいし、カンナもそう思うよね」
「だけどレニ、結婚式は一生に一度なんだぞ、俺はどうしても24日に式をあげたいと思ってる。だから」
「だから、いやだって言ってる」
「一日位日程がずれてもお客さんはわかってくれるさ」
「もう、隊長が、ううん支配人としてそんな事言うなんて、ボクは―」
「ストーップ! ほらほら二人とも落ちつけよ」
堂々めぐりの二人の会話をカンナが止める。
「まったく二人ともそんな事で喧嘩してたのかよ」
「そんな事じゃないよ! ぞ!」
「あっはっは、まったく夫婦喧嘩はフントもくわねぇってか」
「「カンナ!!」」
「いや、わりぃわりぃ、でもよ、なんつうかさ簡単だろ。両方同じ日にやりゃいいだけだろ?」
「「えっ?」」
カンナの提案に二人は顔を見合わせる。
「そうだよね、どうしてそんな簡単な事に気付かなかったんだろう」
「いや、でもレニは今年も聖母役だし、負担が大きいんじゃ」
「何言ってるの、それ位平気だよ、隊長はボクをそんなにやわだと思ってるの? もうこの件はこれで決まりだね、ありがとうカンナ」
「いや、しかし」
まだ何か言いたげな大神だったが、レニは色々準備しなきゃ、そう言うとサロンを後にした。
「あきらめな隊長、レニの勝ちだ。つうか隊長この調子じゃ、もう尻にひかれるのは確定だな、はっはっ」
「いいっ! そ、そうなるかな、ははは・・・・・」 大神はカンナの言葉に力なく笑った。



「さぁ、急いで、次は結婚式よ。隊長は先に行ってて下さい」
「わかった、後はたのんだよマリア」
クリスマス公演は今年も大盛況のうちに幕を下ろし、楽屋では慌ただしくレニの支度が進められていた。
「カンナさんそのペール取ってくださーい」
「おう、これか、なんだこりゃ、なんでこんなに長げえんだ、すみれのやつ」
カンナが箱から取り出したベールにアイリスが目を輝かせて手を伸ばす。
「わぁ、きれい、アイリスにも持たせて〜」
「アイリスあかんで、ベールの裾ふんどるで」
この日の為に肩まで伸ばしたレニの髪をさくらがアップにしてまとめる。
「レニとってもきれいよ」
「あ、ありがとう」
「カンナ、ここはいいからフントをお願い」
「おっといけね、フントを忘れるとこだった、まかしとけ」
マリアに言われカンナは中庭にいるフントを呼ぶ。
「おーいフント、お前も支度だ」
「わん!」
まってましたとばかりにフントが駆けてくる、大きく成長したフントはカンナにきれいにブラシをかけてもらい、首輪の代わりに
青い立派な蝶ネクタイを結んでもらった。
「おしっ、バッチリいい男になったぜ、フント」
「わん!」
「そろそろ、レニも支度が終わったんじゃねえか、いってみようぜフント」
カンナがフントをかかえて楽屋に戻ると、ちょうどレニの支度も終わっていた。
ウェディングドレス姿のレニにフントはじゃれつこうとしたが、カンナに止められてしまう。
「おっと、さすがにお前がじゃれるのは無理ってもんだぜ」
「さぁ、みんなも準備はいいわね、教会へ出発しましょう」
レニと花組の面々が教会に到着すると入口に米田とかえでが待っていた。
「レニ。おめでとう。とってもきれいだわ、あなたの花嫁姿を見れる日がくるなんて・・・」
そう言ってかえでは言葉をつまらせ涙ぐむ。
「おい、おい、かえでお前が先に泣いてどうすんだ、花嫁まで泣きそうじゃねえか」
「あら、そうですねすみません米田司令。レニこれを―」
かえでは涙をふくと、レニに真っ白な薔薇のブーケを手渡す。
「ありがとう、かえでさん」
「さぁ、私たちは中で待ちましょう、米田司令レニをお願いします」
「おう、まかせとけ」
かえでと花組のみんなは教会の中に入り式の始まりを待った。すでにすみれや風組のメンバーは着席しており
ひとしきり再会のあいさつをかわしあうと、織姫がパイプオルガンの前に座る。
織姫は大きく息をすると、鍵盤に指を走らせる。
パイプオルガンの荘厳なメロディが流れる中、バージンロードに米田にエスコートされたレニが入ってくる。
長いベールの裾をくわえて神妙なおももちで、フントも続く。
その姿に会場の中から大きな感嘆のため息が漏れる。
二人の進む先には大神が海軍の正装で花嫁を待っている。
大神の前まで進むと米田は組んでいたレニの手を取ると、差し出された大神の手の上にのせる。
「大神、俺の大切な娘だ、必ず幸せにするんだぜ」
「はい! 米田司令、お約束します。」
米田は大神の言葉にうなづくとレニに向き直る。
「レニ・・・・・お前は大神にゃもったいねぇくれぇの自慢の娘だ。少々たよりねえ奴だが、
まぁ、お前を好きだって気持ちは一番だろうから、きっと幸せになれるさ。さぁいってこい」
「米田さん・・・・・ありがとう」
レニは大神と腕を組み直すと正面に向き直った。
パイプオルガンの音がやみ、牧師の言葉が始まる。レニは鼻の奥がツーンとして、流れる涙を止めることが出来なかった。
ふいに、あの男の言葉が脳裏によみがえり、組んだ腕に力を込める。(・・・・・幸せに・・・・・・生きて、幸せに)
「誓いの口づけを」
牧師の言葉に二人が向きあう、レニの涙を大神はそっとぬぐうとレニの細い肩をそっと抱き寄せた。
唇をかさねる二人に祝福の拍手とおめでとうの声が鳴り響く。
『そう、ボクは今ここで生きて、幸せだよ。とてもとても幸せだ。みんなみんなありがとう』